スキノバ!

「好きな時間を伸ばす」「好きなことを伸ばす」「好きのある場所」をお届けします。

哀しいほどに平凡で猟奇的なわたし。

はじめに

今からする話は、

誰かのわたしに対する信用を失ってしまうほど

引かれるような、狂った話なのかもしれない。

 

あるいは、

「そんなものみんな同じだ」

「自分だけトクベツって顔してんじゃねぇ」と

怒らせてしまうほどに、

普通でつまらない話かもしれない。

 

こんな話、誰かにしたことなんてないから

どちらなのかはわからない。

 

今も、決して特別に

「話したい」「理解って欲しい」

と思ったわけではない。

 

「そんなわたしもいる」と、

ふいに認識したから

残しておこうと思っただけ。

それだけのお話。

 

 

誰のために怒るのか

わたしはずっと、

「誰かのために怒っている」

と思っている節があった。

 

 

小学生の頃。

「陰口はいけません」と言った保健の先生が

放課後、その口でコソコソ隠れて話をして、

何かをバカにするように笑っていた。

入っていけなかったわたしは、

そのまま「言ってることと違う!」って叫んで、

そのまま、振り向かずに、泣きながら帰った。

 

入っていけなかったことが悲しいわけじゃなく、

矛盾している大人に怒っていると思っていた。

 

 

中学生の頃。

「消えろ」「存在が公害」「いるだけで迷惑」

学校の中でそんなことを言われて、

何度もなんども、

目の前で窓から飛び降りてやろうと思った。

 

特別に死にたいわけでも、

人生に絶望したわけでもなかったけれど

簡単に人を傷つけることに慣れているやつらが

思い知ればいいと思っていた。

だから、目の前で本当に消えてやりたかった。

 

家の中でも、

プラスドライバーを持ってわたしに殴りかかる父の

右手のドライバーの先端が、

わたしの目にでも刺さらないものかと強く願っていた。

血でも見れば、ようやく

自分のしたことに気付けるのではないかと思った。

 

 

高校生の頃。

6歳下の妹が、親に「死ね」と連呼していて

それを聞いた、その話に全然関係のないわたしが

キッチンから包丁を持って来て、

自分の首に突き立てた。

自分の言っていることの重大さと

言葉の重みに気づいて欲しかった。

 

 

ずっとずっと

「トラブルメイカー」だと言われてきた。

 

そんなわたしが、

「自己中だ」と言われる

意味が、よくわからなかった。

 

だけど、今はわかる。

そんなのは、わたしのエゴで、自己中で、傲慢な行為。

 

 

誰に望まれたわけでも、

誰に頼まれたわけでもないのに、

勝手に「正義」を押し付けてきた。

 

それがわたしの「正義」で「優しさ」だと信じてきた。

 

 

アンフェアなのは誰か

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ドラマ・映画「アンフェア」の原作でもある、

秦建日子さんの「推理小説」を読んで

最初はただただ、不気味だと思った。

 

「これが、リアリティ」

「そして、オリジナリティ」

そう言って闇の公園で襲いかかってくるシーンで

ただただ、不気味で猟奇的だと感じて、

そんな普通の言葉で

ここまで「狂ってる」感じを表現できるのは

すごい!と、物語にハマっていった。

 

その中でひとり。

やけに気になる登場人物がいた。

 

 

読み終わってから何日かして、

なんでもない、ホントなんでもない瞬間に

(仕事の休憩中、電子レンジを待っている時だったか

 スタバでほうじ茶ティーフラペチーノを待っている時だったか

 本当になんでもない時に)

ふと思った。

 

もし。

もしもあの人が。

あの目標を守るために行動した、律儀さ故の行動だったら。

その矛盾、危険、警告を通したいがための正義だったら。

あのセリフは、あの人にもあの人にも自分にも向けられているとしたら。

 

‥わたしも、同じ道を辿っていたかもしれない。

 

辿ってはいなかったかもしれないけれど

それは「常識」や「理性」は働いたわけではなく

わたしに「勇気」が足りなかっただけの話だ。

 

そう思った。

 

 

わたしが不倫や犯罪を憎めない理由

ワイドショーで連日取り糺される

誰かを「悪」にした報道の中で

わたしは、一概にその人たちを

否定するコメントの方が、いつも悲しい気持ちになる。

 

だって、人って間違うから。

わたしなんて、間違わない可能性の方が限りなく低い。

 

「そちら側」に立つ人間への想像力が

かけているようにしか思えない。

 

(不倫や犯罪を肯定しているわけではない。

 そのことによって傷つく人の気持ちが

 想像できてないって言われそうではあるけれど

 それもきっと単に

 「被害者」に自分を重ねて怒ったり悲しんだりしているだけだ。)

 

だけど。

だからこそ………。

 

 

正しさの威を借りないでいて

わたしの「正義」で「優しさ」だと信じてきた行動は

いつも、何かを「正す」ことも「変える」ことも

「気づかせる」こともなく、

ただただ「アイツはおかしい」と、

余計な混乱を招き、火に油をそそぐだけだった。

 

あの日。

もしもあの日。

わたしが、

「それは悲しい。」ということができたなら。

「痛い」「苦しい」「辛い」「悲しい」

そんな思いを、伝えることができたなら。

 

猟奇的な正しさや、怒りではなく、

根っこの、もう少し柔らかく優しい気持ちを出せていたら。

それを伝える、別の術を身につけていたとしたら。

 

何かが少し変わったのかもしれない。

 

 

アンフェアを、アンフェアで返すのではなく。

 

ただ、真っ直ぐに生きていかなくてはならないと

今はとにかく、強く思う。

 

それが、リアリティ。

わたしの信じる、リアリティ。

推理小説 (河出文庫)

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 今週のお題「読書の秋」